1994年11月01日

けじめ

細見 卓

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ここ数年の間に多くの政権が交代したが、汚職といった事由以外に何故政権が交代するのか国民には不分明であり、政治の理解を困難にしている。政治は社会の秩序を維持し、統治するための最高の方法である。これが国民によく理解できるものでないと、政治への関心を失わしめ、結果として国と政治の混迷は益々激しいものになるだろう。最近の政局を見て誰もが痛感することは、政治がけじめをつけないままに、時の政治風潮や不安定な人気の移り変わりのままに、方向もなく彷徨っていることである。

民主国家統治の基本原則は、その政治行為がアカウンタブル(accountable)であるということであろう。アカウンタブルという概念は、日本人には馴染みの簿いものだが、それは責任というよりもやや広い意味で、その行為について何故かという申し開きができるとか、何を狙ったのかが説明ができるとかいう意味である。こうした規範が政治の世界に根づいていれば、一般の国民の理解や同感が得られるのであり、いわば国家統治の基礎とも言える考え方であろう。日本は西洋の罪の文化に対して、恥の文化と言われ、自分の行動について非常に名分にこだわる文化であるといわれてきた。つまりある意味では、より道義的な社会であり、結果主義でなく、むしろ名分と動機の純粋性を尊ぶ、いさぎよい国とされてきた。こうした動機を尊び、建前を主とすることが貫かれれば、それはそのまま立派な社会になるが、それが建前だけになり、動機が軽く考えられ、説明のつかない気分のようなもので皆が動くと、当然政治は暖昧なものとなり、社会全体が根なしの動揺を重ねることにもならざるをえない。そうすると、動機だけでなく、結果のけじめが政治の信用回復のため不可欠となってくる。

最近の事例でいえば、国連安保理常任理事国問題がある。常任理事国のメンバーになることがどういう義務を伴うことであり、また日本はどういう寄与をする責任があるかという根本の議論がないままに、憲法との関連、さらには派兵といった重い犠牲を忌避したい気持ちから、反対者は戦争嫌いのムードだけを煽っている。また政府当局にしても、いかなる決意のもとに責任を全うしようとするのかという十分な説明をすることなく、一方的に自国だけの条件をつけてよしとしている。これはアカウンタブルな責任ある行動とはいえないであろう。

北朝鮮問題についても同様であり、隣国日本としての考えをまとめて、国際的に主張していくという政治家のリーダーシップがみられない。情勢に流され、不本意に、不満なままで追随することだけは絶対さけるべきだ。内政についても、三党の新しい政権が立党以来の建前を捨ててまで政権樹立を目指したのは、いかなる考え方にたって、いかなることをしようとしてなのかについて、国民には理解できる説明がないままである。

これらのことについては、多くの論者が述べておられるのでそれに任せることにするが、最近の決定である税制改革についても不分明な面がある。本当に低所得層の減税を主として考えるのであれば、三年後に定率減税の廃止、消費税の税率引き上げを図ることは、明らかに矛盾した行為である。一方で、制度改正としての税制改正として、高度累進の所得課税が、人材の流出を招き、日本経済の国際化を阻害し、今や日本社会のバイタリティーを損じているので、こうした要因の排除を改正の目的とするのならば、甚だ不十分なものといわなければならない。極めて高い累進税率の適正化が不完全のまま、一方で諸控除を引き上げるのは、改正としては一貫した理念に欠ける。一方で消費税の引き上げ、他方で課税最低額の引き上げをするのは、ごく一部の層に一時的にメリットはあるとしても、税制改正の趣旨からすると一貫していないといわざるをえない。

社会は激しく変化しており、日々の行為に一々説明をつけられないのも分からないではないが、それぞれに決着とけじめをつけつつ、解決していくことを忘れると、その残滓がいつまでも残り、その後遺症に悩まなければならない。太平洋戦争で日本が与えた損害に対し、一つ一つけじめをつけてこなかったことが、今日どれだけ重い負担となっているかをみるだけで、物事にはその時いかに苦しくても、けじめをつけることがいかに大切かを知ることができる。近くはバブルの処理の不十分さが、いかに回復への足取りを重くしているかについては言を俟たないであろう。

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