1993年12月01日

APECを重視しよう

細見 卓

このレポートの関連カテゴリ

文字サイズ

シアトルで開催されたAPEC(アジア太平洋経済協力閣僚会議)年次総会も今回で第五回を数えるに至った。1989年、オーストラリアのホーク首相の提案により生まれたこの会合は、我が国をはじめ、幾多の国からの強い支持があったにもかかわらず、これまで必ずしも順調な経路を辿った訳ではなかった。マレーシアのマハティール首相が提唱しEAEC(東アジア経済会議)は、オーストラリアやニュージーランド、とりわけ米国をも排除して狭い地域的なアジアの国々だけの経済協力体の結成を呼びかけたものであり、これによってアジア太平洋地域において多元的な経済共同体形成の構想が競合することとなった。

当初、日本はこのEAECに賛同するか、あるいはアジア太平洋の広域的、かつアジア中心主義に偏らない組織であるAPECを推進すべきか、選択に迷った時期もあった。とりわけ、ECやNAFTA(北米自由貿易協定)について強い地域的な排他主義が懸念された頃には、アジアにもアジア中心主義の経済共同体が出来ても当然ではないかというような考え方もあった。しかしながら、ECの統合を巡る混乱やNAFTAの批准を巡る紛糾を目の前にして、むしろより緩やかでより広域的な組織の方がアジア太平洋地域の現状に合っているという認識が次第に深まってきた。米国もつい昨年まではこの地域における経済統合の推進に対しては、どちらかと言えば冷淡であり、決して積極的な役割を担おうとするものではなかった。ところが、シアトルでのAPEC総会開催の決定と軌を一にするように、米国の態度は目を見張るほどの変化を示している。伝えるところによれば、米国はこの総会を機にアジア太平洋諸国の非公式首脳会談を主催し、その場でアジア太平洋経済共同体の創設を提唱しようとするほどの熱の入れようである。

このような経済共同体形成に成功すれば、日本・米国・中国をはじめ15カ国の加盟、人口は20数億人余で世界人口の約半数近く、貿易額は世界シェアの4割超という巨大な経済共同体が生まれ出ることになる。米国が何故このように変身したかは定かではないが、アジア諸国の高い経済成長と発展を目の当たりにして、船に乗り遅れることの愚を悟ったと見るべきであろう。また、今回学者・経済人・政治家等による十一人の賢者会がその諮問機関として動き出しており、これら賢者はいずれも練達の士であるところからその提唱する経済政策についても十分信頼できるものと考えられる。ただし、米国が共同体の形成を急ぐ余り、経済発展の段差が大きいこの地域で一挙な自由貿易体制や一律な規制による経済統合の導入を強く求めれば、かえって統合促進に反発する動きも生じよう。日本は、この間に立って両者の利害を調整しながら、経済統合が破綻を来さないよう、時間をかけて経済統合の実をあげる努力を払わなければならない。また、多くのアジア諸国が輸出依存の経済発展政策をとり、米国も輸出による自国経済の回復を願っている現状を考えれば、我が国は単なるアジア太平洋地域の仲介者としてだけではなく、更に踏み込んで自らの市場を開放し、共同体の推進役となる覚悟が必要であろう。

これまで対外関係は、自転車のスポークのように自国を中心とする二国間での協議を基本としてきたレーガン・ブッシュ政権以来の考え方を改めて、アジア太平洋地域の問題はAPECを中心に討議して行こうという米国の姿勢は、この地域での政治的・経済的安定を基礎とする我が国にとっては大変好ましいものである。確かにアジア地域は、経済発展については大変目覚ましいものがあるが、政治・社会面では未だ充分安定したものではなく、相互間の不信感も発生し易い環境にある。ましてや、中国の鄧小平以後、南北朝鮮の今後のあり方、ベトナム・カンボジアの政治的・軍事的不安定等といった予断を許さない危険の大きい問題を抱えるこの地域では、米国の度を超さないヘゲモニーのもとにアジア諸国が一緒に会談し、意見交換できるような機関・組織を作り上げることは極めて重要なことであり、アジアの平和、ひいては世界平和のために真に望ましいことである。我々は、小異を捨てて21世紀の発展に向けたアジア太平洋経済共同体の推進に惜しみない努力をして行く必要があろう。

Xでシェアする Facebookでシェアする

このレポートの関連カテゴリ

細見 卓

研究・専門分野

公式SNSアカウント

新着レポートを随時お届け!
日々の情報収集にぜひご活用ください。

週間アクセスランキング

レポート紹介

【APECを重視しよう】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

APECを重視しようのレポート Topへ