1993年07月01日

公の心

  細見 卓

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戦前と戦後を比べて大きな落差が見られるのは、日本人の「公」に対する態度ではなかろうか。戦前には公共心とか公徳心といった、いわゆる修身の徳目になるようなものが喧伝されており、中には偽善めいたものもあって、むしろ大切な私的なものへの配慮が欠けているきらいがあった。これに対して戦後は、私の利益、私の権利、私のものといったように何事も私的なものが優先する風潮が強くなり、昔気質の人々の中には道義が地に墜ち救いがないというようなことを言う人がいるくらいになった。

このような戦後の風潮の中にあって、先般のカンボジアにおける国連ボランティア活動での中田父子のような高邁な公に報ずる立派な精神やそれに劣らぬ日本人のPKO活動での爽やかさは、久しぶりに日本人の土性骨が今なお健在であることを世界に示してくれた。こうしたことが契機になって、何事においても公より私を優先する、あるいは、人の犠牲で自分の利益を求めるという今までの日本社会のあり方を変える契機になれば、今回の犠牲も大きな影響を日本人全体に与えたことになるであろうし、またそうあることを切望したい。

日本人には一般にボランティア精神が欠けており、国際的・世界的な必要というものに進んで応ずる心構えが出来ていないといわれて久しい。戦後の日本は後進参加国として、既に設立されていた国連、IMF、世界銀行、GATTといった世界機関に無条件加入が許され、その組織の中の優等生として最も大きな利益を享受してきた。これら世界機関はその拡大強化に向けてそれなりの努力がなされてきた訳であるが、現在はいずれもが往年の権威を失い、強い組織改変と補強を必要としている。これらの世界公共機関を再び支配的、強力なものにするには参加国側の相応の貢献と負担受容が不可欠である。ソ連が倒れ、米国が弱体化した今、その空白を埋めるため大きな役割を求められているのは、いうまでもなく、これら世界機関によって今日の繁栄を築いた日本であろう。平和維持のためには一国平和主義をもって事足れりとすることは出来ないし、国際貿易や世界通貨の安定のためにはGATTやIMF等の強い権威と規律が必要であり、また、それを遵守しようとする参加国の強い意志がなければならない。国際公共財といわれるこれら世界機関の機能強化のため日本人の「公の心」が今、試されているのである。

更には新たな世界的問題として、オゾン層の破壊、地球の温暖化、酸性雨、熱帯林の減少、砂漠化、開発途上国の公害問題、野性生物種の絶滅、海洋汚染、有害廃棄物の越境移動等地球環境の悪化がもはや猶予できない状態を迎えていることがあげられる。いうまでもなく地球環境の保持保全のためには幅広い分野にわたって相当な対策が必要であり、また、大きなコストを伴うものである。しかもこの問題は、一国だけで解決できるものではなく、近隣地域のみならず地球的規模で人類全体として取り組まなければならないものである。勿論こうした場合でもいかなる国も自国の利益はそれなりに重視せざるを得ないが、そのあまり全体の利益、つまり、こうした環境の保持保全をなおざりにすれば、その付けはそれぞれの国に戻ってくることは自明であろう。環境破壊は一度起これば、その復旧は容易ではない。大切なことは、自国本位の功利主義ではなくて、開明化された自己利益というものが問題の解決に繋がるものであり、全体の改善を図ることが結局自己の利益に結び付くということである。

私的利益優先の考え方を離れ、忘れかけていた「公の心」を取り戻すことが今の日本人には最も期待されていることではなかろうか。

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