1993年03月01日

殻を破る

  細見 卓

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先日あるTV番組に出演した時、今年の日本経済をどう捉え、そしてどういう心構えで取り組むべきかについて訊ねられたが、それは“殻を破る”ということであると答えた。現在日本経済が不況下にあることに対し大幅な所得税減税や公共投資の一層の増加を求める声が大きいが、そこで忘れられているのは、日本経済のこの行き詰まりは経済運営に失敗して破綻をきたしたものではなく、余りにも日本経済がうまく発展し過ぎてそのスピードが早過ぎた為足を踏み外してしまったのだということである。従って今大切なことは何故足を踏み外したのか、また再び同じ過ちを繰り返さないようにするにはいかにすべきかという反省である。つまり、戦後ここまで成功した日本経済の軌道をここで一度修正し、経済運営の在り方についても基本的な見直しを行い、世にいうところの“リストラ”を真剣に考えることである。勿論経済の活性化にはいわれているような呼び水政策も必要であろうが、それは所詮一時的なものであり、本当に求められているのは将来の展望に立った現状の困難に対処する抜本的な構造改革を行うことである。

現状が経済運営の失敗が招いた困難であればその原因は比較的簡単に解明できるであろうけれども、それが成功のもたらした繁栄とその度合いが過ぎたことによるだけにそこからの脱却はさほど簡単ではない。ガルブレイスは「バブルの前には必ず天才的な知恵を働かす人達が存在し、その成功を見てそれに盲従しより遅れて繁栄に与かろうとした人達を犠牲にする」と言っている。この論理をもってすれば、今不況、不況と騒いでいる人達はいわばこれまでの思考の型から抜け出せない人達といえなくもなかろう。

経営が困難な状況であるから賃上げができない、従って政府が減税等を行って支援すべきであるという声もまったく理が無い訳ではない。しかしながら、従業員個人個人にとって現在の最大の関心事は自分たちの働いている企業がいかにして今後生き残って雇用を維持してくれるかであり、その為の現状打開の方策と熱意を経営者に糺したいというのが今年の労使交渉の最大の眼目であろう。賃上げができるとかできないというような型にはまった“春闘”という世界にも類を見ない一昔前の賃上げ交渉の殻に閉じ龍もり、根本的な経営の改革に取り組まずに小手先の在来的交渉に終始するとすれば誠に残念なことであり、再生の途も遠いであろう。

今経営者に問われているのは徒に賃上げを抑制したり、人員や経費を削減するといったひたすらな減量経営に走ることではなく、新しい情勢の変化にいかに対応し在来の殻にとらわれた古い考え方を捨て、この困難を乗り越えるだけの企業としてのバイタリティーをどのようにして盛り上げていくかということであろう。流行語ともなっている複合不況を理由にしてその考え方に閉じ込められていては不況からの脱出方法は出てこない。労使が従来の考え方の惰性を断ち切って新しい局面に新しく取り組む現状打開の他に解決策はあるまい。これまで日本の経営者がいうところの自由主義経済とは本来自力本願の経済であったはずである。

現在百貨店はおろかスーパーまでもが不況であるといわれているが、一方では専門店、生協、コンビニ等は売上を伸ばしている。自動車や家電についても顧客のニーズに適った商品は今も売れている。流行りのCS(顧客満足)活動も単なるスローガンとしてではなく、本来新しい市場環境に対応して取り組むべきものであるが、それがスローガンとしてとどまる限りこの苦しい状態からの脱却は困難であろう。いつも不況時になると必ず出てくるのはもはやこれ以上の市場展開は困難であるとか、ある商品には将来性がないといった議論であるが、これも不況対策としての残業カットや賃上げ抑制、人員や経費の削減といった従来型のマンネリともいうべき考え方とまったく同根である。この不況の中でむしろ新しい需要を見出し、新しい市場を開拓したいくつかの企業は現在も売上を伸ばし、業績を改善させていることがその証明であろう。

近代社会における財政規模やその役割の変化に目を瞑ったレーガン大統領による減税政策や公共投資の拡大(軍備拡張)政策はケインズの時代とは様変わりして社会に大きな禍根を残すのみであったということは既にアメリカが実験して見せてくれている。内的に起こった破綻は内約にのみしか治癒できないのは歴史の教えるところであり、在来の考え方という殻を破ってその拘束から解放するのが現状から脱却する為の最良の治癒策ではなかろうか。

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