1992年03月01日

市場経済への道

細見 卓

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ソ連邦の崩壊によって、社会主義計画経済はついに破綻を来たし、世界は一部の例外を除いて自由主義的市場経済体制を指向することになった。別の言い方をすれば、共産主義は滅びて、財産の私有を認める資本主義的経済運営が人間社会の究極の形態とされるようになった。これについては、フランシス・フクシマが“歴史の終わり”と、自由主義・民主主義市場経済の勝利を宣言したことで良く知られているところである。

しかしながら、共産主義と対比されるところの私有財産を前提とする資本主義の形態については、色々な型があって、唯一のものという定義はできない。

現在の経済活動の主な担い手は、会社形態をとっているけれども、そもそも株式会社をいかなる存在と考えるかについては、次のような大きく三つの異なる型があり、且つ又、それがそれぞれの社会的文化的背景に根ざしているように見える。

一つ目は、言わば株式資本主義とも言うべきもので、株主を中心にしてその事業を営む形態として株式会社組織を随時構成するという考え方であり、英米的(アングロサクソン的)なものである。

次は、同じ西欧の資本主義の形態ではあるが、大陸諸国においては、会社というものが労使協働の共同体として観念され、労働組合に代表される労働者側の意見がその企業体の事業運営に大きな影響を与えるものである。

最後に、このような欧米の株式会社の考え方に対し、日本の株式会社の形態が挙げられる。これはどちらかと言えば、経営者中心の考え方であり、会社それ自体が永久に存続実在し、それを管理するものとしての経営者の役割を最も重要なものとするものである。

株式会社は株主本位の適宜の共同事業体であるという英米的な考え方からすれば、法人は擬制的存在であり、その利益や成果は悉く株主に帰属するものと考えられる。この法人擬制説に立てば、法人所得と配当である個人所得の課税にあたっては、極力二重課税を排除すべきであるとされるのは当然であろう。一方、日本型の、株式会社というものはそれ自体が実在するものであり、経営者はその機関として資本・技術・労働力の好ましい結合によって最大の利益をあげるものという考え方(法人実在説)に立てば、会社はまさに永遠の存在であり、活動の成果は基本的に会社に帰属すべきものとなる。この場合、株式配当は会社の経費として考えられることとなり、法人所得と別個の存在である個人の所得との二重課税の問題も止むを得ないものとなろう。

以上のように世界の主要国の経済は、会社の捉え方という基本的部分についてかなりの差があったとは言え、いずれの場合も事業遂行の主体としての株式会社が、充分に機能して来た訳であり、このことが今日の世界的経済発展をもたらしたと言っても過言ではない。

しかしながら、この戦後の資本主義的経済発展は、共産主義的経済が破綻を来したのと歩調を合わせるかの如く、様々な矛盾や制度的な硬直化によって今後の進展に大きな障害を生じているように見られる。即ち、法人擬制説的な、株主を中心にした会社形態をとっている国においては、会社経営は株主の短期の期待に応えることばかりを強いられ、長期的な観点に立って先行投資を行うようなことが益々困難になって来ており、国際的な競争力を失うケースも多々起きている。又、現在のような経済の激変期においては、大きな変化に対応しきれない事態が生じ、M&AやLBO(レバレッジド・バイアウト)というような会社の存在そのものを危機に落としめるような株主行動さえ起こって来ている。

これに対して、法人実在説的な考え方に基づく場合は、長期的な展望から計画的な投資を行い、多少の困難に遭遇しても会社に動揺を起こさない等、幾つかの長所を持っており、この結果日本型株式会社による資本主義経済が、戦後一貫して発展を遂げてきたことは記憶に新しい。殊に、オイル・ショックのような未曾有の危機に瀕し、この日本の会社観は大きな役割を果たした。しかしながら、こうしたやり方も、長期に亘ってくると会社本位制による制度疲労とも言うべきものが蓄積し、それが株主軽視に繋がったり、不採算部門の切り捨てといった思い切った体質改善が出来にくくなり、会社の長期存続の目的化と終身雇用制という制約条件も加わって、もはや経済の激変に対し、必ずしもうまく適応しきれなくなって来ているようである。その端的な一つの現れが、現在の構造的とも言える株価の低迷であろう。又、労使共同体的株式会社観に立つ場合においては、先ず雇用の確保が最優先課題となり、技術革新の著しい中にも拘わらず、企業のイノベションを拒否する動きになりやすかったことは、今日のヨーロッパの企業を見れば、明らかであろう。

このようにこれからは市場経済、資本制経済の時代であるとしても、今後のその運営の具体的あり方については、唯一の模範とか海図とかが必ずしも存在せず、既述の三つの型の資本主義に対する考え方をうまく組み合わせ、経済の繁栄と永続する国民福祉の実現に向けた新たな創意と工夫が、今こそ必要とされている。

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