1991年10月01日

世界の流れをどう読む

細見 卓

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湾岸戦争のような世界を巻き込んだ大きな戦争が起こったかと思えば、戦争後の秩序作りさえも確立しないうちに引き続いて二大超大国の一つのソ連邦の崩壊に近い大変革が起こり、世の中はまさに不透明そのものの時代となっている。このような混乱はその前途が予測しにくく、世界中がこれからいったいどうなるかという不安に陥っている。

今、世界に起こっている現象は第二次大戦後の世界秩序の枠組みを根本から覆すような事柄であり、とりわけソ連での出来事はいわば百年近く続いた共産主義の惨めな決着と言えよう。これはまさにイデオロギー対立の終焉であり、あるいはもし歴史をイデオロギーの争いとする立場からは歴史の終わりとも言える。

しかしながら、現状を見れは、これは歴史の終わりというよりもこれからどのように世界平和を維持し繁栄の枠組みが作られるかについて全く予測を許さない、混沌とした展望となっている。徒に混迷に陥り、複雑怪奇さに悩んでいるわけにはいかず、今こそ将来に向かって我々自身の展望を開き、それに工夫を凝らすことが必要であろう。現状の相矛盾する様相の中で何が大きな流れかを把握する努力が、これからの世界で日本が現在のような繁栄を続けるには不可欠な要請である。

世界の大きな流れは、湾岸戦争とソ連邦の大変革の結果として明らかになったように二極対立の冷戦体制が終わったが、必ずしも新しい一極中心の覇権状況も予想できず、むしろ世界は多極化し、大国が政治・経済力を競って対立と同盟を繰り返す古いバランス・オフ・パワーでなく主要な国々が、助け合い・相携えてこの混乱からいかに安定した秩序を模索するかという新しい時代に入った。確かに、軍事的にはアメリカは圧倒的な力を有しているが、湾岸戦争で見られた如くそれを賄う戦費は日本やサウジアラビア・ドイツ等の支援がなければ調達できず、そうした経済状態に目立った改善は当面見られそうにない。つまり、相拮抗する超大国のバランスによって平和が維持されるのではなく、全ての国々が世界平和の実現の為に協力していく、その方法として何らかの国際機関、例えば国連による国際協力体制といった今までにない新しい多様的な時代が生まれようとしているのだろう。

このように、世界は協力し助け合う求心的・相互協調的な必要性が痛感される反面、イデオロギーの終焉・超大国の権威失墜によって今まで抑えられていた民族主義が再び頭を持ち上げ、世界全体が協力して行こうとする動きと正反対にそれぞれの民族がバラバラに独自の自主性を取り戻そうとする動きが生じている。それはユーゴスラピアやソ連を見れば明らかであり、更にはインド・パキスタンの国境争いやインドシナ和平実現の為の暗闘といった地域間紛争があり、これらがこれからどのような進展をするのか全く予測が難しい。民族主義は第一次大戦後の流行であり過去のものとも思われたが、イデオロギーの衰退と共に再び復活し、多民族を包含する多元的な近代国家の有り方にも脅威を与えるような複雑かつ新たな不安定要因となっている。つまり、現存の国家という枠組みは大なり小なり多民族によって成り立っているという現実から民族主義の盛行を放置できない。一方経済面からは「ボーダレス・エコノミー」と言われるように現在の国家・国境という概念がもはや必ずしも有効な枠組みでなくなっている、というように大きな矛盾が露呈して来ている。国家は民族といった小さな問題処理には大きすぎるし、近代経済活動のような大きな問題処理の枠組みとしては小さすぎるようだ。

最後にもう一つ目立ってきた現象として挙げておかねばならないのは、貧富の格差の拡大であろう。工業技術の進歩によって一次産品の生産に占める割合は軽微なものに成り下がり、主として先端技術の開発によって先に高付加価値の生産に成功した国の産業に対し、より遅れた段階からの追いつき・追い越せは非常に難しいものとなった。交易条件は先進技術国にとって低賃金や一次産品産出国に対し、圧倒的に優位になる仕組みが出来上がり、国際的な貧富の格差を縮小するのは大変困難になってしまった。又、国内的にも、インフレによる資産価値の暴騰によって貧富の格差の拡大が起こっており、それに対し有効な救済策が採られにくくなっている。このように内外における貧富の格差の拡大は、世界の平和と安定に向け大きな障害となっており、これに対する的確な手立ては未だ打たれていない状態である。

悲観的なことばかり述べてきたけれども、現実がそうであれば我々の仕事はそれをいかに防ぐかが最も大切であり、徒に悲観的に見ることを以て良しとするものではないが、現状の国難を無視する楽観は大きな破綻に繋がりかねないであろう。今こそ、我々は自分たちの置かれた立場と状況を理解し、何が出来るかを真剣に考えなければならない。

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