1991年06月01日

日本の社会資本ストックと供給サイド ― 430兆円公共投資のインプリケーション ―

竹中 平蔵

石川 達哉

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■見出し

1.TFPと経済成長
2.社会資本ストックとTFP
3.2000年の社会資本ストックと日本経済の供給力

■はじめに

わが国の一人当たりGDPは、今や、OECD諸国中第2位の地位を誇るまでに至っているが、本当の豊さを実感する声はあまり聞かれない。真に豊さを実感できる国民生活を実現するためには、フローとストックの両面での充実――即ち、(1)持続的な経済成長を維持するとともに、(2)その成果・果実を資産として蓄積し、住宅や社会資本などの実物ストック面での整備を行うことが必要と考えられる。社会資本ストックは歴史的産物であり、その整備には長い時間を要することもあって、わが国の社会資本には欧米と比べて立ち遅れている分野が数多く見受けられる。しかも、21世紀に入ると、高齢化の進行によって貯蓄率が低下することが予想され、貯蓄余力のある1990年代にこそ社会資本整備を行わなければならないという認識は多くの人に共通のものとなっている。

周知の通り、長期的な経済成長を規定するのは、労働投入量の増加と技術進歩である。近年の時短化傾向や生産年齢人口増加率の低下が当面続くと考えれば、今後も適切な成長率を維持できるかどうかは、技術進歩にかかっていると言っても過言ではない。ここでいう技術進歩とはマクロ的な意味での技術進歩であって、個々の生産工程での発明・発見・技術革新に代表されるような、狭義の技術進歩にとどまらない。既存の技術の導入・応用、プロセス・イノベーション、更には、生産要素の効率的な組合せ等、生産効率の上昇をもたらすものはすべて技術進歩として捉えられる。それは経済全体の生産性上昇、即ち、全要素生産性(Total Factor Productiviy、以下TFPと略す)の上昇にほかならない。

実際、TFP上昇は日本の経済成長に大きな貢献を果たしてきたが、TFPで測られるようなマクロ的な意味での技術進歩においては、個々の技術革新によってもたらされる部分と同様に、既存の生産要素の効率性を向上させる社会的な生産基盤の整備によってもたらされる部分も重要である。米国では、伝統的な成長論の見直しとして「新・成長論」が登場し、技術進歩と社会資本ストックを関連づける研究が行われている。長期的な意味で社会資本ストックの蓄積が技術進歩に探く関わっているとされており、こうした議論は日本経済に対しでも有効であろう。

社会資本の中でも、特に、住宅、公園、上下水道、文教・厚生施設等の存在はその賦存量が直接的に「社会的」サービスをもたらし、人々の効用を高めるものである。同時に、道路・空港・港湾などの交通・通信施設を中心にした社会資本は、公共財としての外部経済効果を通じて、あるときは民間資本を補完し、あるときは民間資本を代替して、経済全体での生産高率向上に寄与していると考えられる。この場合、社会資本ストックの蓄積を通じた、一国経済の生産効率上昇は総生産量を高め、社会全体の「私的」消費や、前述の「社会的」サービス消費の総量を増加させ、このような経路からも人々の効用を高めるということができる。従って、社会資本整備は、前述の(1)と(2)の両面において、豊かな国民生活の実現に寄与するものである。本稿は、日本経済を展望する上でこれまで見落とされがちであった社会資本ストックと経済成長との関連、特に、供給サイドに対する影響に焦点を当てて分析を行い、社会資本ストックの意義を再考するものである。

第1章では、まず、TFP上昇率の推移と経済成長率を概観する。後述の通り、高度経済成長期においては、TFP上昇の寄与度は極めて大きかったことが観察される。第2章では、米国での先駆的な研究成果も踏まえて、TFPの上昇と社会資本ストックの蓄積には、密接な関係が存在することを実証的に明らかにする。第3章では、今後10年間に430兆円の投資目標を設定した「公共投資基本計画」を踏まえて2000年までの社会資本ストック水準を試算し、TFPや経済成長との関係を展望する。

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