1991年06月01日

自己改革の難しさ

  細見 卓

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前回もこのコラムで述べたように、湾岸戦争でひどく面目を失墜したのは残念ながらドイツと日本であったように見える。冷戦時代の終焉をもって、新しい経済の時代が始まりあたかも世界の中での日独の時代というパラ色の夢も無残に壊れ、両国とも如何にして自由世界の同盟国・友邦国としての地位を取り戻すかと、必死の努力を強いられているのは皮肉なことである。

日本は、追いつけ追い越せ式の時代には優れた業績を示しており、歴史的に見ても大化の改新に始まる中国文化の吸収、明治維新に始まる西欧文化の採り入れにおいて、いずれも100年内外にして一流段階に仕上げてきた。いわば型に嵌った大枠の中での努力にかけては大変優れた能力を発揮してきたのが日本の歴史である。しかし、同時に残念ながらそういう外からの刺激が感ぜられなくなると、既得の小さな領域に安住し変革の意欲を失い社会が停滞していくことは江戸時代三百年の歴史を見ても明らかである。かくて、外からの変革への強い刺激がない限り取り巻く環境の変化とそれに適応すべく自己変革することが出来なかった事例の最たるものが、幕末の蒸気船騒動である。その後日本は更に太平洋戦争という大きな犠牲を払った。それは世界が19世紀で植民地支配の時代lこ終わりを告げ、その代表であったイギリスからアメリカへ世界の覇権が移り、又、植民地支配を中心とした帝国主義的政策が排斥されていたにも拘らず、日本はその変化に気づくことなく中国大陸へ19世紀的な勢力圏を築こうとしてそれがアメリカやイギリスの憤激を招き、敗戦という手痛い打撃を受けたわけである。

だから我々は日本を取り巻く周囲の変化を的確に把握することなく自分達だけの島国的な希望的観測に閉じ籠もっていると、それは手厳しい報復と匡正を受ける乙とを身に滲みて覚えておらねばならなかった筈である。しかしながら、今回の湾岸戦争への対応に見られる如く、我々は折角の教訓を世代を超えて継承しておらず、再、自己中心の思考に終始し客観的情勢の変化を無視する徴候が強くなりつつある兆しが目立ってきたことは誠に残念である。

私自身の関係したことについて述べてみても、日本の対外解放と国内需要中心の経済体制への変革を提唱した前川レポートも政策的な努力によってその一部が実現を見たのではなく、円高という外からの刺激によって多くが実現したわけであり、かの臨時教育審議会による教育改革の実現については、審議の途中で挫折の感があり大山鳴動の結果に終わった。

何故日本ではこのように自己改革が自発的に実現するのが困難なのかを考えてみると、その多くは国内での活発な議論や政策論議が充分に行われていないところに因るものと思われる。学者は象牙の塔に籠もり現実に疎く、数多く設立を見ている研究機関からも目に立つ政策提言が出ていない状況であり、こういう状態ではタテ割り社会の中でどっぷり浸かって批判をタブー視しながら自己満足が世間を覆うばかりである。日本においては異なった立場で討論しあうことが難しく、無意味な妥協に終わるか悪意に満ちた口論に終始するかの何れかで、論争が新しい知識と理解の向上をもたらすようになっていない。残念ながらこれは、永い国民的習性である。とは言え、この激変する世界に対処するには自分自身の在り方を含めお互いが徹底的に論議を交わし、その上で共通の理解に立って果断な選択と対応を採っていくことが、我が国が世界の中にあって尊敬される地歩をためていく為には不可欠のことになってきたようだ。自主的思考と責任感が今ほど問われている時はないように思える。

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