1991年03月01日

湾岸戦争の重さ

  細見 卓

文字サイズ

湾岸戦争が始まった当初は、多くの人が長くても2、3週間で戦闘は終了して、多年の懸案であるフセインの専制政治打倒とアラビア半島の秩序回復が早期に実現できるものと考えていた。従って、このことを反映して米国や日本などの証券市場は平和到来の可能性を囃して株式が暴騰するようなこととなった。しかしながら、その後抑制的な戦果の発表は必ずしも意図的なものでなくて、現実の戦争はそれほど簡単には終結せず、むしろ長期化、深刻化が予想されるようになってきている。米国のブッシュ大統領が最近の一般教書で米国の伝統的な価値観と使命観を強調し、戦争の深刻化に対する国民の認識を求めたことからもこのことはうなずけよう。

この教書に言われているごとく、この戦いには、冷戦後の世界において武力による侵略を排し、正義と秩序の支配する新しい世界の枠組みを実現できるかどうかがかかっており、言わば新時代の秩序の成否を決するほど重要な戦であることが、漸次明らかになりつつある。このような歴史的意義を持つ戦いであるだけに、従来みられなかった国連の安保理事会での制裁決議、かつて協調を予想されなかった米ソ並びに中国の共同歩調が必要であったわけであり、しかもその結果としての多国籍軍というのは複雑な利害関係を持ちながらも、ゆるやかな共同行為であるがために、いつその共同行為が壊れるかということについて米国の不安は容易にぬぐえないようである。現に、今までいわれていたシリアとかヨルダンといったアラブの国々だけでなく、ソ連のこの戦争に対する態度にも微妙な変化が表れかかっているようだ。米ソの冷戦体制が終わって、真に世界を一体とした行動が可能であるかにみえたこの湾岸戦争も、段々その結合の脆さがあらわれてきているようで、仏の国防大臣の辞任とかあるいは一部アラビア諸国の、イラクに多国籍軍が侵入をすることを絶対拒否すること等、不安な要素が次から次と起こってきているようにみえる。

アラビア半島における軍事行動は、気候条件や宗教的行事との繋がりといった問題の他に、できるだけ戦争による死傷者を限定して戦わざるを得ないという非常に大きなハンディキャップを背負っているようにみえる。戦争による死傷者の増大は、ただ単に多国籍軍の連帯を緩めるばかりでなく、その中心である米国においても国論の沸騰により為政者に困難な選択を強いる恐れがあるようにみえる。このような状況からして、多国籍軍としてはあらゆる手段を謙じてでも戦争の短期化、殺傷人員の極小化を図るという困難な問題を抱えており、戦争の帰趨は楽観を容易に許さないと思う。しかし、圧倒的な物量を誇る多国籍軍が軍事的に制圧することは、やはり時間の問題であると思われるが、大事なことはその結果どのような戦後処理の事態をこの半島に持ち込もうとしているのかが、必ずしも明らかでないことではなかろうか。

米国が国連決議を採用して多国籍軍を編成したのは、今度のこの戦争を単なる石油資源獲得のためのものでもなく、又アラブ民族対米国という図式を持ち込むことも極端に避けようとした苦心の演出であるが、一方のイラク側は極力問題を拡大しイスラエルとアラブの対立の図式へ塗り変えようとし、執拗に工作を繰り返している。今までのところ、イスラエルも米国も十分慎重に振る舞って、戦争目的の変化を起こさせるような戦局の拡大を抑えるよう理性的に対処しているが、しかしながらヨルダンとかエジプト等にみられるイスラム原理主義的な立場からの反キリスト教、反西欧文明的な宣伝は、かなりこれらの国々の人々の心をとらえているようであり、フセインが必ずしも極悪非道の纂奪者に映っていないかのごとくみえることは、今後に尾を引く困難の芽を孕んでいる。

元々、サラセン文明と言われるアラブのイスラム文化は、かつては西欧のそれを凌ぐ栄華を誇ったものであり、その後のアラブ諸民族の衰退と悲惨は西欧の帝国主義的統治によるというこりかたまった反感となって、西側的価値観による秩序の確立を受け入れにくくしているようにみえる。この戦争が短期に片づけば、乙の反西欧的ムードとか曖昧な近隣諸国の態度も大きく盛り上がらず混乱をもたらすこともなく収拾ができるかもしれないが、長引けば、反西欧的感情は消しがたい勢いになる恐れがあり、西欧と協調的なあるいは中立的な立場を取るアラブ諸国の政権の基盤を揺るがしかねないであろう。悲観的に物事をみているかもしれないが、今度の戦争がアラブの人々に心から歓迎すべき正義の戦争ととらえられていないということを考慮に入れて、短期の解決を図らないと由々しい事態となるのではなかろうか。例えば、イラクをとってみても、フセイン体制が倒れた後の安定政権の見込みが立たないため、クルド族の独立解放運動に火がついた場合にはかれらはこの半島に広くまたがっているために、他の部族との対立、各部族間の抗争、アラビア半島の政情不安によるアラブとイスラエルとの緊張激化と次から次へと紛争が誘発される恐れも決して少なくない。

米国が長期に大量の軍を駐留させることも終戦後の安定を図る一つの手だが、アラブ諸国民の感情を考えれば、スムーズに受け入れられないであろう。そして、クウェートに民主主義による新体制を樹立することになれば、近隣の旧態依然たる王政の存続も危機に晒されると予想される。更に、イラクが倒れた後のイラン、シリア、イスラエル等の中堅軍事国家の力のバランスをどのようにとるのか、その上でまたどのような集団安全保障体制を作るのか等予断を許さないことが多い。

帰結としての事態をどう考えるかは重要なことだが、既述のように予測がつきにくいことが山積し、かつ戦争の長期化によって不確定要因も増えることになる。このように湾岸戦争は、テロリスト一人を追求して終わりではなく、蜂の巣をつついた後の混乱をいかに収拾をしていくかが最も重い問題として世界に突きつけられてくると思われる。

日本は現実として中東の石油に多くを依存しているわけで、戦争終了後のアラブとの関係構築を含めて、機を失するととなく世界に受け入れられるよう行動することが緊要であろう。

このレポートの関連カテゴリ

細見 卓

研究・専門分野

レポート

アクセスランキング

【湾岸戦争の重さ】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

湾岸戦争の重さのレポート Topへ