■要旨
- 本稿は、G7が23年5月の広島サミットで対中国の共通の方針として合意したデリスキング(リスク軽減)をテーマに昨年9月にまとめたレポートの「後編」である。
- 「前編」では、G7の合意内容を確認した上で、EUを中心とする最近の政策の動きとデリスキングの目標達成を巡るリスクについて整理した。
- 「後編」では、貿易や直接投資、企業へのアンケート調査などに現れつつある変化という観点からデリスキングの現状について考えた。
- 貿易面では、米国を中心に、中国への直接的な依存度の低下という貿易の再構成が見られるものの、ASEANやメキシコなどを通じた貿易や間接的な依存度は高まっており、見た目ほどデリスキングが進んでいるとは言えない。ASEANは、輸出入の双方向で中国との結び付きを強めている。グローバルサウスは、地政学的な距離にとらわれない傾向も観察される。
- 直接投資面での変化は、統計の速報性の問題や仕向け先としてオフショア金融センターの比重が高いことなどから、傾向がより掴みづらいが、23年の中国向けの対内直接投資の急減など、デリスキング政策の影響と思われる変化は見られる。こうした中にあって、ドイツの中国への直接投資は3年連続で過去最高を更新しているのは、中国で大規模に事業を展開してきた少数の大企業の収益の再投資が押し上げているもので、新規の投資が勢いづいている訳ではない。中国からの対外直接投資も、西側と中国の双方の規制の影響でピーク・アウトしている。但し、EV関連を中心とするグリーンフィールド投資に対するスタンスは、米国よりもEUの方がより寛容である。
- 中国で活動する西側企業のサーベイ調査では、中国からの撤退や縮小の意向を示す割合は必ずしも高くはないが、慎重派と積極派に分かれつつある。中国市場における課題は、母国の国籍によって大きな違いがある訳ではない。各サーベイ調査は、実施のタイミングや設問の仕方などが異なるため、慎重な判断が必要だが、米国企業は中国ビジネスへの見方が楽観的で、米中対立をビジネス上の最大の課題と捉えている。欧州企業は中国の景気と市場アクセスや法規制の問題を、日本企業は人件費の上昇や中国国内の競争激化への懸念がより強いように感じられる。こうした違いは本国の景気の強弱や、中国とのコストの差の違いが反映されている可能性もある。
- 2024年は米国も欧州も「選挙イヤー」であり、デリスキングの政策とその影響は、今後、一段と広がって行く可能性がある。企業は対応を迫られ、貿易や投資フローの変化は、引き続き関心の的であり続けるだろう。
- 企業は国籍に関わりなく、対中国でのデリスキング政策の範囲の拡大を懸念し、外交的に安定した関係を望んでいる。この点は、筆者が3月に調査のために訪問した欧州の諸都市、特にドイツのベルリンで強く感じた点である。
■目次(後編)
はじめに
4――中国と西側の関係の変化
1|主要国・地域間の貿易
2|中国を巡る直接投資
3|企業サーベイに見る西側企業の中国における活動
5――おわりに
■目次(前編)
1――はじめに
2――デリスキングとは何か?
1|G7の合意
2|EUの政策
3――デリスキングの目標達成を巡るリスク
1|EU固有のリスク
2|同盟国・同志国間の政策協調に関わるリスク
3|中国からの対抗措置による影響拡大のリスク
4|対象範囲拡大のリスク
5|供給網再編でも中国依存度は減らず、コストが上昇するリスク本稿は、昨年5月のG7広島サミットで合意した中国に関するG7共通の方針であるデリスキング(derisking、リスク軽減)をテーマに昨年9月にまとめたレポートの後編である。
前編では、G7の合意内容の確認した上で、EUを中心とする最近の政策の動きと、デリスキングの目標達成を巡るリスクについて整理した。
「後編」では、主要国・地域間の貿易の流れ、中国を巡る直接投資の流れ、企業サーベイに見られる変化という観点から、デリスキングについて考える。
4――中国と西側の関係の変化
前編で紹介したとおり、デリスキングの政策は、補助金等を活用した産業政策と規制、同盟国・同志国との連携から構成される。西側のデリスキングの政策は前編執筆後も強化の動きが続いている。中国も、西側によるデリスキング政策に対抗するためのツールを備えるようになっている。
グローバル経済の分断(decoupling)、断片化(fragmentation)への懸念は深まり、供給網やグローバルバリューチェーン(GVC)1の再構成の方向性を示すキーワードとして、同盟国・同志国で供給網を形成するフレンドショアリング(friendshoring)、近隣国に事業を移転するニアショアリング(nearshoring)、事業を国内に戻すリショアリング(reshoring)やオンショアリング(onshoring)などがバズワード(buzzword)となった2。
GVCの変化の把握には、国際産業連関表の分析が最も適している3が、作成に時間を要するため、デリスキング政策による変化が把握できるようになるまでにも時間を要する。
このため、貿易や直接投資等のデータや、企業へのアンケート調査等から、グローバル経済に生じつつある基調の変化の兆候を掴もうとの試みが活発に行われるようになっている。
以下では、その内容を、関連するデータを交えながら紹介したい。
1 通商白書(2023)では供給網は「特に製造過程における原料資材・製品の供給網を指す」ことが多く、GVCは「企画、研究開発から製造、販売、メンテナンスに至る広い範囲を指す」とした上で「両者は意味が重なることが多い」としている。
2 Ellerbeck(2023)では、それぞれの用語について解説されている。Shekhar Aiyar et al. (2023) のFigure 9では企業の決算報告や年次報告書でオンショアリング、リショアリング、ニアショアリングに言及する数が急増したことを示している。
3 本稿「前編」の16ページでは、中国のGVCにおけるハブ化を明らかにした国際産業連関表に基づくLi, Meng and Wang (2019)の分析を紹介している。 1|主要国・地域間の貿易
(1)世界のトレンド
デリスキングを打ち出した2023年の世界の財の貿易は低調に推移した。世界貿易機関(WTO)は、本稿執筆時点では、23年の実績を公表していないが(4月初旬公表予定)、7~9月期までの実績はドル換算の金額は前年割れ、数量の伸びもほぼ横ばいとなっている2[1]。オランダ経済政策分析局(CPB)が作成する「世界貿易モニター」の23年12月までの最新データでも、2023年は世界貿易の数量が前年を下回り推移したことが確認できる(図表1)。
中国は、2001年のWTO加盟後、2010年代半ばにかけて、輸出国、特に製造業製品の輸出国として地位を高めてきたが、その勢いは止まりつつある(図表2)。輸出総額に占めるシェアも、2021年をピークに緩やかな低下に転じ始め、2023年1~9月期までその傾向は続いた(図表3)。貿易データを見ると、デリスキングへの動きは、中国の輸出国としての躍進に歯止めをかけつつあるように見える。貿易の地域間のフロー、特に西側と中国、ロシアとの間では、「地政学的な距離」4と「地理的な距離」と連動した変化が見られるからだ。
「2023年版 ジェトロ世界貿易投資報告」では、IMFが作成する統計(DOTS)を補完したデータによる地域間の貿易額のマトリクスの2023年1~3月期と2021年1~3月期との比較に基づいて、同志国や近接国との貿易関係が強まる傾向を明らかにしている。フレンドショアリングやニアショアリングの傾向が見られるのである。
Bush, J. (ed.). (2024)は、2017年~2023年までの主要国・地域の貿易データを分析し、米国、中国、ドイツについて「地政学的な距離」を反映した変化、つまりデカップリングあるいはデリスキングやフレンドショアリングによる貿易の再構成(reconfiguration)の傾向が見られることを明らかにしている。
EUは、関税同盟・単一市場を形成しているため、もともと域内貿易の比率が高いが、英国の離脱(2020年2月1日)、コロナ禍を経て、一段と域内貿易比率が高まっており、フレンドショアリングやニアショアリングの傾向を趨勢的に強めている(図表4)。
但し、「地政学的な距離」による分断は全世界的に生じているものではなく、「地理的な距離」に関する変化も一様ではないことに注意したい。Bush, J. (ed.). (2024)は、2017年以降、米国では隣接するメキシコとの貿易拡大が観察されると同時に、地理的に離れたASEAN、特にベトナムからの輸入が増えている。中国も「地政学的な距離」のある米国、欧州、日本などとの貿易が減少し、西側への貿易依存度が低下する一方、グローバルサウスとの貿易は、地理的にも離れた中南米やアフリカも含めて増加傾向にあり、多様化(diversification)が進みつつある。Bush, J. (ed.). (2024)は、「地政学と貿易の幾何学」をテーマに、米国、英国、ドイツ、中国というデリスキングの当事国のほか、ASEAN、ブラジル、インドも分析対象とし、グローバルサウスの大国・地域は、地理的距離や地政学的距離にとらわれない傾向が観察されることも明らかにしている。
4 国連総会での投票行動がベンチマークとして用いられている。Bush, J. (ed.). (2024)では、安全保障や二国間協定などの経済的な結びつきを必ずしも反映しないことなどを挙げて、国連総会での投票行動を地政学的な距離の指標として用いることの限界について解説している(詳細は9ページのsidebar1を参照)。
(2)二国地域間のフロー
貿易フローの直近の変化は、米国、中国、EU、日本の主要貿易相手国・地域との貿易額とその構成比の時系列のデータを見るとより明確になる。
( 米 国 )
米国の貿易統計では、かなりドラスティックな、貿易の再構成が見られる。
輸出では2023年は主要国・地域向けが総じて伸び悩んだが、EU向けは拡大した(図表5−①)。米国からEUへの輸出の増加は、2022年にウクライナを侵攻したロシアがEUへのガス供給を大幅に削減したことで生じた「穴」の一部を米国からEUへのLNG輸出で補ったことを示す。危機時のフレンドショアリングの反映である。
輸入では中国への依存度の低下が目立つ(図表5−②)。米国の輸入相手国に占める中国のシェアは、2017年の21.6%をピークに低下してきたが、2023年には、最大の輸入相手国が中国からメキシコに交替した。第3位のカナダと中国の差もピーク時の2018年には2200億ドルに上っていたが、2023年には61億ドルまで縮まっている。米国のインフレ削減法(IRA)がEV税額控除中最終組み立てを北米(米国、カナダ、メキシコ)で行うことを要件とするなど、カナダは対米輸出において有利になっている。中国の輸入相手国第3位への転落も近いと感じられる。但し、本稿「前編」でも触れたとおり、米国の対中国輸入の減少は必ずしも米中関係の相互連関が弱まっていることを示すものではないと見る専門家は多い。米国の輸入が増えているメキシコやASEAN(特にベトナム)、インドでは、中国からの輸出も増加傾向にある(図表6−①、②)。Alfaro and Chor(2023)やBush, J. (ed.). (2024)など貿易の流れの変化には、中国資本の直接投資が関わっていると論じている。この点は、2項−(2)で触れる通り、中国の公式の対外直接投資統計は、経由地である香港の比重が高く、傾向が掴みづらいが、民間の統計では、中国の対外投資がピーク・アウトした2010年代以降も、メキシコやASEAN向けにはグリーンフィール投資が行われていることが確認できる。また、Qiu, Shin and Zhang(2023)は、企業レベルのサプライヤーと顧客のデータ5というタイムリーなデータを用いた分析の結果として、21年12月と23年9月の間に中国と米国の供給網における中国以外のアジア企業の割合が高まったことを示している。中国のサプライヤーと米国の顧客の直接的な連鎖が減少し、他のアジア企業(中国、日本、韓国以外の企業)を経由するようになったことで、供給網の距離は長くなっている。前掲のBush, J. (ed.). (2024)も、これまでの変化として、「供給網の距離が長くなりと不透明化している」と指摘している。
5 オンライン公開されている同論文の付属文書によれば、データの出所はS&P’s Capital IQ databaseで供給網上の関係の規模や付加価値等に関する情報は含まれていない。2021年のサンプルは社数が24773、サプライヤーと顧客の関係が37452であり、2023年は同25,114、同37,976である。21年から23年にサかけての、プライヤーと顧客の地域内・地域間の割合の変化は付属文書Table A2で確認できる。( 中 国 )
米中の貿易面での直接的な結び付きの低下傾向は、中国の統計からも確認できる。対米貿易は、中国側の大幅な輸出超過となってきたが、23年は輸出入ともに減少、特に輸出が大きく落ち込んでおり(図表7−①、②)、米国側の統計と整合的である。輸出に占める米国の比重は、2000年代前半の20%超がピークで、その後低下、2018年の19.2%まで持ち直したおのの、再度低下し、2023年には14.8%となった(図表7−③)。
EUとの貿易も、対米国に比べると不均衡の度合いは小さいが、やはり、中国側の大幅な輸出超過となってきた。このため、EUは、中国が、経済安全保障上のリスクとして認識される以前から、WTO加盟国としての恩恵を受けながらも、不公正な貿易慣行が是正されない点に不満を抱いてきた。
日本は、2003年まで中国の貿易相手国第1位だったが、WTO加盟後、欧米向けの輸出の伸びが加速したことで、2004年には欧米の後塵を拝するようになった。中国の貿易に占める日本のシェアは輸出入両面で趨勢的に低下傾向にある。
他方、ASEANとは輸出入両面での結び付きを強め、2019年以降、ASEANは最大の貿易パートナーとなっている。2023年には輸出相手地域としてもASEANは、米国、EUを上回るようになった(図表7−③)。
また、図表7には示していないが、中国と西側主要国・地域との貿易が軒並み縮小する一方で、中国と西側の制裁対象となっているロシアとの貿易は、輸出入両面で増加している。
前項で紹介したとおり、中国の貿易はグローバルサウスへの傾斜傾向が強まっているが、2023年はASEAN向けの輸出も落ち込んだことで、西側との貿易縮小を補うには至っていない。
( ASEAN )
貿易関係の大きな変化はASEAN側の統計からも確認できる(図表8−①~④、但し、最新統計は2022年まで)。ASEANと中国の貿易もASEAN側の輸入超過である。中国が、2009年以降、ASEANの最大の貿易パートナーとなったのも中国からの輸入の極めて高い伸びが続いたためだ。しかし、2015年を境に、輸出の伸びが輸入の伸びを上回る年が増え、2022年には輸出相手国としても、中国が僅差ながらも米国を上回った。この頃から、ASEANの貿易のおよそ2割強を占める域内の輸出入と対中国の輸出入、そして対米輸出が連動して増えている。中国とベトナム、フィリピン、マレーシアなどASEANの加盟国の一部は南シナ海における領有権を巡って争っているが、経済面では結び付きを強め、米国向けの輸出機能の一部が移転されたことを推察させる動きである。
この間、EUと日本は、輸出入両面でシェアを落としている。ASEANとの供給網における直接的なつながりが中国ほど深くないことが伺われる。但し、日本企業や欧州企業が、コストの削減や中国からのデリスキングのために、中国の現地法人の生産拠点の機能の一部をASEAN域内に移す「チャイナプラスワン戦略」6を実行に移すことで、ASEANと中国の一体性を強める役割を果たした可能性は十分にある。
6 チャイナプラスワン戦略については、「地政学リスクの高まりで見直されるチャイナプラスワン戦略の意義」pwc連載コラム 2023-10-10で詳しく解説されている。( E U )
EUと域外との貿易の地域別の構成比にも基調の変化が見られる。
EUの域外の輸出相手国としては米国が最大(図表9−①)であり、輸入相手国としては2005年以降、中国が最大だが(図表9−②)、2023年にはロシアと中国への依存度は低下がはっきりと表れた(図表9−③、④)。輸入相手国としてのロシアと中国のシェアの低下と米国のシェアの上昇は、フレンドショアリングによるデリスキングの動きと解釈できる部分もある。但し、ロシアによるウクライナ侵攻に端を発するエネルギー危機と、インフレによるEU域内需要の鈍化が影響した部分も少なくないと思われる。基調として定着するのかを判断するには、もう少し見極めが必要であろう。
本稿のテーマである対中国デリスキングという観点では、ドイツと中国の貿易が注目される。EUの中国への輸出に占めるドイツの比重は2023年時点で43.5%とGDPの比重(24.3%)よりも遥かに高い(図表10−①)。Li, Meng and Wang (2019)は、2000年から2017年のアジア開発銀行(ADB)の国際産業連関表からGVC上、ドイツは欧州のハブ、中国はアジアのハブとして機能を高めたことが確認されている。ドイツ連邦統計局によれば7、中国は2023年の8年連続で、ドイツの最大の貿易の相手国となっている。中国の貿易相手国としても、ドイツは欧州で最大の相手国である。2023年は、ドイツの中国への輸出は前年比2.0%、輸入は同10.1%減少し、貿易相手国第2位の米国との貿易額(輸出+輸入)の差は7億ユーロまで縮まった(中国:2,530.6億ユーロ、米国:2,523.5億ユーロ)。ドイツの貿易で最大のシェアを占めるのは自動車・自動車部品であり、輸出は一般機械、化学製品、輸入では電気機械が続く。2023年のドイツの対中国の貿易の上位品目8のうち、輸出面では排気量が大きいものを中心とする自動車が前年比22.7%減、自動車部品が10.1%減と大きく落ち込む一方、産業用機械は前年比6.9%と伸びている。輸入面では、ノートパソコンなどの自動データ処理機械が同22.7%減、光電池を含む熱電子管・半導体が同17.8%減となる一方、スマートフォンなどの通信機器は同3.5%増、その他電気機器は同15.1%増、電力用機器同14.7%増、乗用車は163.7%増と高い伸びとなっている。中国からの乗用車輸入の8割強はバッテリー式の乗用車である。ドイツと中国間の貿易額の減少は、デリスキングの反映というよりも、両国の景気の弱さと、脱炭素化、EVシフトといった構造転換を反映している面が大きいように思われる。
ドイツと中国の貿易額は大きいが、GVC上は、欧州のハブであるドイツの結び付きは、EU域内や米国と深く、中国とドイツのGVC上の関係は目立って高くないというのが前掲のLi, Meng and Wang (2019)の分析の結果である。この点は、Baur and Flach(2022)による1995年から2018年のOECDの国際産業連関表の分析の結果も同様である。ドイツの中国への依存度は、主に最終需要面であり、中間財の投入の面でも依存度を高めたが、水準的には米国やEUの平均と同程度である。
Baur and Flach(2022)によるGVCの分析に基づけば、対中国のデリスキングの難易度は、ドイツよりも日本の方が高いと見ることもできる。日本は、最終需要面でも中間財の投入の面でも、EU平均、ドイツ、米国よりも中国への依存度が高い。特に中間財での依存度は、EU平均、ドイツ、米国を大きく上回る形で高まってきたためだ。
それでも、国際産業連関表からは把握できない特定の製品や原材料の中国依存の問題はあり、ドイツやEUにとって、供給網の強靭化は課題であり続けている。「前編」で紹介した「重要な原材料法案(CRMA)」が目指すCRMの調達の多様化やリサイクルの強化は、ドイツとEUが目指すグリーン移行とデジタル移行が、供給網の混乱によって、疎外されるリスクを回避するためにも重要とされる。
中国からの輸入については、ドイツのシェアは18.4%とGDPの比重を下回る。中国からの輸入が最も大きいのはオランダ(22.7%)である(図表9−②)。オランダの対中国輸入金額はGDP比で1割を超える(図表10−①、②)。オランダが充実した港湾インフラを備え、内外の貿易の玄関口、物流のハブとしての役割を果たしているためである。ドイツにとっても、オランダは第3位の貿易相手国でる。中国製品がオランダを経由でドイツに流入していることで、ドイツの輸入における中国のプレゼンスは図表12よりも大きい可能性がある。(図表1)として紹介した「世界貿易モニター」を作成しているオランダ経済政策分析局(CPB)は、世界貿易のデカップリングの影響を分析したレポートで、「中国とロシアからのデカップリングは、貿易フローに大きな変化をもたらし、特に短期的には、オランダの産業間の再配分にコストがかかる可能性がある」と指摘している9。
対中国での貿易収支は、輸入超過となっているが、国別に見ると、殆どの国が輸入超(=対中国貿易赤字)であり、スロベニア、オランダ、チェコ、ハンガリーなど大幅な赤字を計上している国がある。オランダの場合は、対中国の貿易収支は大幅な赤字だが、域内外の合計の貿易収支は黒字(図表11)であり、中国製品の輸入の窓口としての機能を果たしていることが、対中国の貿易赤字の原因と思われる。他方、中国向け輸出の最大の出し手であるドイツも、2022年時点での対中国貿易収支は赤字だが、2023年は輸出よりも輸入の減少幅が大きく、貿易収支はGDP比1%の0.1%の黒字に転じている。
7 DESTATIS “China im Jahr 2023 nur noch mit geringem Vorsprung wichtigster Handelspartner Deutschlands” Pressemitteilung Nr. 056 vom 14. Februar 2024
8 「2023年のドイツの対中国貿易、輸出入ともに大幅減、中国への直接投資額は過去最高予測」ジェトロ・ビジネス短信2024年2月29日
9 Wache et. al (2024) p.2( 日 本 )
日本の貿易統計でも、2023年の対中国貿易は、欧米と同様に、輸出入ともに前年割れとなった(図表13−①、②)。
中国向け輸出が前年比6.5%減少する一方、米国向けは同11.0%増となり、輸出相手国の首位が再び入れ替わった。日本の輸出先では、地理的に近接するASEAN、その他アジアの割合も高い。
輸入相手国では、中国が2002年に米国を上回って以来、第1位の座を維持している。(図表13−④)。中国が輸入相手国に占める比率は2割強となっており、日本の中国の輸入への依存度は、米国やEUよりも高く、ASEAN並みである(図表5−④、図表8−④参照)。
日本の輸出入両面で中国への依存度は欧米よりも高いが、欧米と異なり、2010年代半ばにかけての中国への傾斜は見られない。EUの場合は、、2022年まで対中輸入依存度の上昇が続いた。GVCにおける中国との結び付きも、地理的に隣接する日本は、欧米よりも、中国との連関が緊密である。
こうした日本と中国の貿易構造の変化は、Alraro and Chor (2023)で言及されている日本と米国間の貿易構造に生じた変化のように、日本からの直接投資による生産の移管によってもたらされた部分もある。先述のとおり、同様の変化は、中国からASEANあるいはメキシコへの投資によってもたらされたとも考えられている。
今後の世界貿易の再構成も、企業の具体的な行動の結果として形成されるものである。中国を巡る直接投資の流れにどのような変化が生じているのか、中国で活動する西側企業が、デリスキングにどのように向き合おうとしているのかを見ることも重要である。2|中国を巡る直接投資
(1)世界のトレンド
1990年以降の世界の直接投資額(グリーンフィールド投資とM&Aの合計、フロー)には、大型案件の影響による振幅を伴いながら、緩やかな縮小傾向が観察される10。
対内直接投資は2015~2016年の2兆ドルを超えていたが、鈍化傾向がある。対外直接投資は、2007年の2.2兆ドルをピークに、その後、コロナ禍による縮小期を除き、1.5兆ドルほどで推移してきた(図表14−①)。対GDP比を見ると、対内直接投資、対外直接投資ともに縮小傾向がより明確になる(図表15−②)。世界の直接投資では、欧州域内や欧米間の金額が大きく、対外投資と対内投資の両面でトレンドを決める傾向が観察される。その中にあって、日本は、対外直接投資の金額は対GDP比で欧米と並ぶ水準にあるが、対内直接投資は極めて低い水準で推移しており、その差が大きい点に特徴がある(図表15−③、④)。中国は、改革開放政策で、外資を活用した輸出工業化を進めたことで、1994年のピーク時の対内直接投資はGDP比で6%に達した。その後、中国経済の成長とともに、対GDP比の水準は低下に転じるが、金額は2022年まで緩やかな拡大基調が続いている(図表15−④)。対外直接投資は、2000年代半ばから2010年代半ばにかけて急増し、その後、頭打ちとなっている(図表15−①)。
2010年代半ばに中国の対外直接投資の急拡大が止まった背景には2つの変化がある。
1つは出し手である中国の政策の変化である。中国の対外直接投資は、企業の海外進出を国として奨励する「走出去」戦略、2015年のIMFの特別引出権(SDR)構成通貨の採用決定に向けた人民元の国際化、資本規制の緩和に後押しされて拡大した。2013年9月の習近平主席のカザフスタン公式訪問での提唱に端を発する「一帯一路」構想も直接投資を後押しした。しかし、2015年8月の為替改革での人民元の人為的な切り下げが、株価の下落と人民元安を招いたことで、資本流出の抑制に動いた11。対外投資に関しても、2016年末からは、不動産や娯楽・観光などの非実体経済分野への抑制する政策も導入している12。中国の対外直接投資の急拡大が止まったもう1つの変化は受け手の側にある。2010年代半ばにかけて、中国の対外投資が急拡大した局面では、国有企業によるM&Aが行われる比重も高く、受け手の国々で技術流出が警戒される状況となった。技術流出のリスクへの対抗措置として、「前編」で触れたEUの直接投資スクリーニング枠組みのような投資審査制度の導入や既存の枠組みを強化する動きが、西側の先進国からインドやフィリピンなどのグローバルサウス諸国にも広がった。こうした枠組みによって、投資が阻止されるケースが出てきた13。
近年の傾向として、直接投資の地域間フローにも貿易と同じく「地政学的な距離」による選別傾向が観察されるとの研究結果もある。IMFは、23年4月の「世界経済見通し」の第4章「地経学的分断と直接投資」で、グリーンフィールド投資の件数に、直接投資が地政学的な緊張の高まりの影響と思われる変化が見られることを明らかにしている。特に、半導体など国家安全保障、経済安全保障の観点で重要な「戦略的産業」では、米国、欧州向けは底堅いのに対して、中国向けは減少傾向にあるという14。地域間の投資件数のコロナ前(2015年1~3月期から2020年1~3月期)とコロナ後(2020年4~6月期から2022年10~12月期)の増減率をマトリクス化すると、米国から欧州、欧州から米国、欧州域内など同盟国・同志国間は増加、米国や欧州から中国への投資は減少するなど、分断化の傾向が見られる15。コロナ前からの直接投資の減速傾向は、自動化の進展など技術的な要因も影響してきたが、近年の減速は、地政学的な緊張と内向き志向の政策によって直接投資の分断化が進んでいると分析している。
10 国連貿易開発会議(UNCTAD)のデータベースに基づく。UNCTADは毎年「世界投資報告書」としてまとめているが、本稿執筆時点の最新データは2022年であり、2023年のデータはまだ公表されていない。
11 人民元の国際化の展開については関根(2023)で詳しく解説されている。
12 2016年以降の中国の対外投資の審査強化に関わる政策については玉井(2020)が詳しい。
13 Mccalman et.al (2022)で詳しく解説されている。
14 IMF(2023a)p.95 Figure 4.4参照
15 IMF(2023a)p.95 Figure 4.5参照(2)中国を巡る直接投資
前項で概観したUNCTADの統計は2022年が最新であり、デリスキングの最近の傾向は反映されていない。以下、中国が公表した2023年の統計と民間統計に見られる動きを紹介したい。
( 対内直接投資 )
国外から中国への対内直接投資については、減少傾向がさらに強まったことが確認されている。
商務部が発表する外資利用額(実行ベース)も、前年比8.0%減の1兆1,339億元で、およそ10年ぶりに前年を下回った16。
中国国家外貨管理局の国際収支統計によれば、対内直接投資は2021年に過去最高の3,441億ドルから、22年は1802億ドルに、さらに23年は330億ドルまで減少し、1990年以来の低水準となった(図表16)。対内直接投資の急減は、新規投資や収益再投資の減少による「株式資本」の流入の減少に加え、2023年には「負債性資本(貸付・借入)」が流出超に転じたことによる。親会社による現地法人への貸し付けの回収のほか、中国企業による海外上場(IPO)の減少による中国への資金還流の減少の可能性も指摘されている17。
16 「2023年の対内直接投資、前年比8割減も、撤退検討の企業は限定的(中国)」ジェトロ・ビジネス短信、2024年2月21日
17 中国の対内直接投資急減について論じた月岡(2024)を参考にした。( 対外直接投資 )
中国から国外への対外直接投資は、商務部の統計によれば、2016年の1961億ドルがピークとなっているが、その後も1500億ドル程度の水準を維持しており、2023年も1478.5億ドルだった(図表17)。国際収支統計でも対外直接投資には対内直接投資ほどの急激な変調は見られない(図表18)。
商務部の対外直接投資統計は、直接投資の経由地となっている香港、ヴァージン諸島、ケイマン諸島などが投資先として計上され、かつ上位を占めるため、最終的な資金の向け先が見えにくい問題がある(図表19)18。
米国の保守系シンクタンク・アメリカン・エンタープライズ研究所(以下、AEI)とヘリテージ財団が作成する「中国グローバル投資トラッカー(以下、CGIT)」は、実際の投資の案件を積み上げることで、中国資本の対外投資統計的に実態を把握しようと試みている。CGITは、1億ドル以上の大規模な投資が対象であり、商務部の公式統計よりもカバレッジが低く、2010年代半ばまでの対外投資拡大局面では、一貫してCGITのデータが商務部のデータを下回っていた。しかし、2016~2017年のピーク・アウト後は、CGITのデータの大きく減少しており、商務部統計との乖離が広がっている(図表17)。CGITの作成者であるScissorsは、CGITの対象金額以下の投資件数が増加している可能性もあるとしつつ、商務部の統計が、再投資やオフショア金融センターの占める割合が高く、「水増し」されている可能性も指摘している。CGITからは、他に、対外投資に占める民間企業の比重の高まり(23年時点で45.3%)とグリーンフィールド投資の比重の高まり(同53.3%)が観察されている(図表20)。この点は、2010年代半ばに、西側が、国有企業によるM&Aによる技術流出への警戒を高めた流れと整合的な傾向である。
CGITは、個別の案件のデータの積み上げであるため、対外投資の最終的な仕向け先がわかる。CGITは、「対外直接投資」とは別に、一帯一路のインフラ建設プロジェクトなどを「対外建設」としてデータセットを作成している。対外直接投資の大型案件は対先進国向けが多いが、対外建設はサウジアラビア、パキスタン、UAEなどグローバルサウスに多い。図表21は、CGITの作成が始まった2005年以降の対外直接投資と対外建設合計の累計額の地域別の内訳を示したものである。中継地が8割を占める商務部の統計よりも、地域的に広く分散している様子がわかる。合計額は米国が最も多く、欧州では英国、スイス、ドイツ、フランス向けの金額が多い。その多くが2010年代半ばの実施されたものである。日本は東アジアに分類されているが、全体の0.5%と、欧米と比べて、中国からの資本流入が限定的であったことが確認できる。
18 オフショア金融センターが高い比重を占める傾向は直接投資統計に広く観察されるものであり、中国の統計の固有の問題ではない。直接投資共同サーベイを実施しているIMFはブログで、その理由を直接投資統計が国境を越えた金融フローとポジションを示すものであるため、多国籍企業が租税負担軽減の目的などから直接投資のための中間ステップとして特別目的事業体(SPE)を創設する国や地域が計上されるためと説明している。 (3)中国資本の欧州への直接投資と欧州から中国への直接投資
中国資本の欧州への直接投資と欧州からの中国への直接投資も、こうした中国を巡る直接投資の流れに沿った傾向が観察される。
米国の調査会社ローディアム・グループとドイツのメルカトル中国研究所(MERICS)のKratz et al. (2023)は19、中国から欧州への投資の傾向として、金額のピーク・アウト、M&A比率の低下、国有企業比率の低下、分野別にはエネルギー、インフラ、不動産、金融などの比重の低下を指摘している。その原因として、EUにおける規制の強化とともに、中国における高債務企業の金融リスク低減への取り組みや資本規制の強化、ハイテク企業に対する国内投資強化の要請などの政策も影響しているという。但し、中国からの対外投資が全体として縮小傾向にある中で、EV関連の重要原材料やバッテリーの投資が拡大傾向にあり、IRAで「中国抜きのバッテリーの供給網を推進する米国とは極めて対称的」と評価している。欧州では、IRAとエネルギーコストの差が、バッテリー・メーカーが、欧州での投資を見合わせ、米国内での投資に切り替える懸念が燻る20。しかし、中国メーカーの場合には、中国国内市場が減速している上に、米国で投資を拡大する余地が乏しいため、欧州で投資を拡大するインセンティブがある。中国から欧州への投資の流れは、規制の強化に加えて、政治的な理由により先細るリスクがある一方、「グリーン・ディール産業計画」やCRMAの受益者となり、結びつきが強まる可能性もある。
欧州から中国への投資では、中国国内で大規模に事業を展開している少数の大企業の積極的な中国事業拡大への姿勢と様子見を続けるその他の企業との温度差21が目立つ状況が続いている。積極的な企業の代表格とされるのがドイツの3大自動車メーカーと化学メーカーBASFである。Kratz et al (2022)は、これらの企業が中国で投資を拡大する動機として、①経済的・地政学的な逆風にも関わらず、高収益が続くことを期待している、②過去の投資の価値を守り、EVなどの領域で中国国内の競争上の優位を確立するためには、中国国内での投資と製品開発が必要と考えている、③中国事業を切り離し、ローカル化することで、リスクを削減しようとしているという3つを挙げている。
河野(2023)は、主要国の対中国の直接投資を名目GDP比で見て日本とドイツが高めのプレゼンスを維持してきたことを明らかにしているが、ドイツの投資は2021年以降、加速傾向にある(図表22)。ケルン経済研究所(IWケルン)によれば、ドイツの対外直接投資に占める中国(香港を含む)の割合は2014年以来で最高の10.3%に達するなどデリスキングとは逆行しており、投資をASESANなどに分散するチャイナプラスワンの動きも見られないという。ドイツから中国へのここ3年の直接投資の特徴は大企業による「収益の再投資」が牽引していること、自動車、化学など特定の業種に偏っていることにある。中小企業の投資意欲は鈍く、直接投資統計では、「その他投資」が過去4年にわたってマイナスとなっていることから、新規の流入は停止、流出に転じていることが伺われる。
19 Kratz et al. (2023)
20 スウェーデンのリチウム電池メーカーのノースボルトのCEOが、2023年初めに「EUより米国での事業拡大を優先する状況にあるかもしれない」と発言したことで波紋が広がったが、その後、EUが打ち出した「グリーン・ディール産業計画」の「暫定危機・移行枠組み(TCTF)」により助成が受けられる見通しとなったことで、計画が前進した(「ノースボルトの北ドイツ蓄電池工場プロジェクトに大きな進展」ジェトロ・ビジネス短信2023年5月23日)
21 Kratz et al (2022) が過去10年間の欧州から中国への直接投資の分析を基にしてきした。 Robbie Jarvis “EU-China trade and investment: unbalanced and well below potential” 12 Apr 2023でも、投資の大企業への集中度が高く、新規投資は事実上停止していとしている。3|企業サーベイに見る西側企業の中国における活動
最後に、中国で活動する米国、欧州、日本の企業サーベイを基にデリスキングの現状と今後の意向について確認する。
( 米国企業 )
今年2月に公表された最新の中国に所在する米国系企業などで構成する中国米国商会(AmCham)のサーベイ調査22では、24年の業界の見通しについて、「悪化」が8%、「横ばい」が16%となっている。それぞれ23年の16%、20%から低下し、「拡大」を見込む割合が高まっているが、増加率は「5%未満」が37%と最多となっている。
投資に関しては、23年は「投資縮小」が9%、「据え置き」が46%で、合計55%で「慎重派」が多数派だったが、24年はそれぞれ5%、43%に低下、僅差ながら「拡大派」が多数に転じており、コロナ禍をボトムに改善する傾向が見られる。慎重派が理由として挙げたのは、「米中経済関係の不透明性(回答に占める割合27%)」や、「中国の政策環境の不透明感(同17%)」である。拡大派が理由として挙げたのは「戦略的な中国市場の優先化(同37%)」と「中国市場のより速い成長(27%)」などである。足もとの投資姿勢が拡大派と慎重派が拮抗する状況にあって、中国以外への製造・調達先の移転については、「着手済み」が11%、「計画中」が12%、「検討していない」が77%で圧倒的な多数である(図表23)。
「ビジネス上の課題」としては、2021年調査から4年連続で「米中関係の緊張」がトップとなっているが、その割合は2021年の78%から2024年には61%まで低下している。24年の第2位は「法律と執行の不一致(30%)」、第3位は「人件費の上昇(27%)」である。中国におけるビジネスの成長にとって米中関係が「極めて重要」と答える割合が54%、「とても重要」が28%、「いくらか重要」が17%を占めている。
政治的には、米国は、中国に対して欧州よりも厳しい姿勢をとっているが、企業が対立の先鋭化を望んでいないという点は、欧米間に大きな差はない。
22 AmCham China “’China Business Climate Survey Report 2024” 2023年10月19日~11月10日実施、回答企業343社。日本語での解説として、「在中国米国企業、米中関係に懸念残しつつも、投資意欲は改善」ジェトロ短信( 欧州企業 )
在中欧州企業の団体である中国EU商会のサーベイ調査は2023年6月公表分が最新版である23。中国米国商会の調査とタイミングが異なり、ゼロコロナ政策の影響をより強く受けている点に注意が必要だが、EU商会のサーベイ調査では中国ビジネスの困難さが増しているという企業が64%を占め、前年の60%からさらに上昇している。ゼロコロナ政策からの反発が期待されるタイミングにも関わらず、「向こう2年間のビジネス」に関しても、「楽観的」の割合が21年の68%をピークに低下しており、23年は「悲観的」が9%、「不変」が36%となった。
ビジネス上の課題の上位3項目を選ぶ設問への回答では、米国企業が懸念する「米中対立」や「デカップリング」を抑えて、「中国景気の減速」が第1位、「世界景気の減速」が第2位となっている。後述の日本企業が懸念する「人件費の上昇」は第6位である。人件費の高騰に関しては、母国との比較で、日本企業がより実感しやすくなっていることが推察される。
中国ビジネスを拡大すると答えた企業は48%と過半数を割っているが、中国での投資計画を「他にシフトする」と答えた企業は8%、「シフトを検討中」と答えた企業は14%、「意思決定を先送りしている」と答えた企業は11%であり、7割近くの企業が投資先を変更する計画はないと答えている(図表24)。投資計画のシフト先としては、ASEANが27%と最多で、欧州の21%、その他アジア太平洋諸国(インド、日本、韓国、台湾以外)が16%、インドが15%、米国が12%と続く。チャイナプラスワンからリショアリングまで、選択は多様である。供給網の見直しに関しては、「一部を中国外にシフトした」と答える企業が88%に達している。向け先としてはヨーロッパ、ASEAN、インド、その他アジア太平洋諸国と、投資のシフト先同様に多様である。リスク管理のために人材などの面での「中国ビジネスの本社からの切り離し」を過去2年間に何らかの形で実施したと答えた企業が22年調査で80%、23年調査で73%に上る。
中国でのビジネス展開に関する設問では、回答企業の6割が「市場アクセスと法規制が障害」となりビジネスチャンスを逃していると感じている。市場アクセスに関しては、企業の規模や業種によって障害と感じる度合いに差があり、アクセスが改善すれば「投資を増やす」と答える企業が過半数を占める。法規制の面では、「曖昧さ」と「予測不可能性」が問題視されている。
これまで欧州企業が中国ビジネスの問題点としてきた国内資本に対する競争条件の公平性、知的財産権の保護、技術移転の強要なども解消していない。特に、技術移転の強要については、23年時点でも「17%」が圧力を感じたと答えており、過去6年の調査で殆ど改善が見られない。他の項目については、方向としては改善が見られる。知的財産権の保護については、法規制については、「有効性」の面では61%が「適切」と評価しているが、「執行」に関しては「不適切」が45%を占める。「不適切」の割合は、2012~13年の8割超から低下傾向にあるものの、米国企業と同様に「法と執行の不一致」は在中国欧州企業を悩ませているようだ。
中国ビジネスが、中国政府やメディアによって政治化しており、向こう1年というレンジでは、政治化傾向が「不変」か「幾分強まる」傾向も予想されている。
23 European Union Chamber of Commerce in China “Business Confidence Survey 2023” 2023-06-21( 日本企業 )
日本企業を対象とするサーベイでは、本社企業を対象とする場合、中国市場への期待の低下、投資分散化の意向などが確認される傾向がある。海外現地法人を有する製造業企業を対象とする国際協力銀行(JBIC)のアンケート調査24では、中国は「中期的な有望事業展開先国」で第3位となり、2年連続で順位が低下した。インドが他を引き離して第1位となっており、ベトナムが第2位に浮上している。「海外事業を強化する」と回答した割合は67.7%と「国内事業を強化する」の46.7%を大きく上回る。オンショアリング、リショアリングの動きが強まっているとは言えないが、国内事業強化の割合は2011~14年には30%を割り込む水準から回復基調にある。
海外ビジネスに関心が高い企業を非製造業も含めて対象としている日本貿易振興機構(ジェトロ)のアンケート調査25では、「今後の事業拡大先」の第1位が米国、第2位がベトナムで、中国は第3位となっている。中国向けに輸出、投資、業務・技術提携を行っている企業は5割以上が中国ビジネスを拡充する方針を示しているのに対し、既存のビジネスがない企業の6割はビジネス展開を行わない意向を示し、温度差が観察される。全体として中国ビジネスへの意欲は過去10年で最低の水準となっている。「拡充・維持」する理由としては市場規模や成長性などを理由とする「ビジネス拡大への期待(58.4%)」、「事業が軌道に乗っている(34.5%)」が上がっている。「事業が軌道に乗っている」との回答は大企業では47.9%を占めており、企業規模による差が観察される。
ジェトロのアンケートによれば、中国からの縮小や撤退の意向を示す企業はごく少数である。既存ビジネスの拡充や新規ビジネスを検討するなど中国ビジネスに対する意欲は過去10年で最低となったが、「まだ分からない」との回答も3割を超える状況にあり、「縮小して他国に移管」は7.5%、「撤退して他国で展開」は1.3%に留まっている。「縮小・撤退」の理由としては、「地政学的リスクの高まり」が56.0%で最多であり、「コスト面での優位性の低下」が42% 「中国側の規制」が31.9%で続く。
在中国企業を対象とするサーベイからは、中国ビジネスの厳しい現状と投資への慎重姿勢がうかがわれる。中国日本商会が今年1月に公表したサーベイ調査26では、2024年の景況予測は「悪化」と「やや悪化」が合わせて39%で、「改善」と「やや改善」の25%を上回る(「横ばい」が37%)など景況認識は厳しく、投資の増加を見込む割合は合計15%である(図表25)。米国企業に比べて、景況予測はより厳しく、投資への姿勢も慎重と言えそうである。事業経営の課題としては」、3カ月前に実施された初回のサーベイから、「国際情勢の影響」の割合が低下(62%→42%)する一方、人件費の上昇(65%→65%)、販売価格の下落(55%→51%)という中国の経済情勢に関わる課題が高止まる傾向が見られる。
24 国際協力銀行の「わが国製造業企業の海外事業展開の動向に関するアンケート調査(第35回)」2023年7月11日~ 9月1日実施。調査企業数937社に対して回答数は534社。原則として海外現地法人を3社以上(うち、生産拠点1社以上を含む)有する企業が対象
25 日本貿易振興機構(ジェトロ)の「日本企業の海外事業展開に関するアンケート調査(速報版)」2024年2月14日、2023年11月14日~2023年12月18日実施、海外ビジネスに関心が高い日本企業が9384社が対象、3196社が回答(製造業1834社、非製造業721社、企業規模別には大企業が484社、中小企業が2712社)
26 中国日本商会「会員企業景気・事業環境認識アンケート結果 第2回」2024年1月15日、2023年11月23日~2023年12月13日実施。対象企業約8000社、有効回答数は1713件
5――おわりに
デリスキングをテーマとする本稿は、「前編」で政策面での動きを、「後編」では貿易や直接投資、企業サーベイの変化を見てきた。
貿易面では、米国を中心に、中国への直接的な依存度の低下という貿易の再構成が見られるものの、ASEANやメキシコなどを通じた貿易や間接的な依存度は高まっており、見た目ほどデリスキングが進んでいるとは言えない。ASEANは、輸出入の双方向で中国との結び付きを強めている。グローバルサウスは、地政学的な距離にとらわれない傾向も観察される。
直接投資面での変化は、統計の速報性の問題や仕向け先としてオフショア金融センターの比重が高いことなどから、傾向がより掴みづらいが、23年の中国向けの対内直接投資の急減など、デリスキング政策の影響と思われる変化は見られる。こうした中にあって、ドイツの中国への直接投資は3年連続で過去最高を更新しているのは、中国で大規模に事業を展開してきた少数の大企業の収益の再投資が押し上げているもので、新規の投資が勢いづいている訳ではない。中国からの対外直接投資も、西側と中国の双方の規制の影響でピーク・アウトしている。但し、EV関連を中心とするグリーンフィールド投資に対するスタンスは、米国よりもEUの方がより寛容である。
中国で活動する西側企業のサーベイ調査では、中国からの撤退や縮小の意向を示す割合は必ずしも高くはないが、慎重派と積極派に分かれつつある。中国市場における課題は、母国の国籍によって大きな違いがある訳ではない。各サーベイ調査は、実施のタイミングや設問の仕方などが異なるため、慎重な判断が必要だが、米国企業は中国ビジネスへの見方が楽観的で、米中対立をビジネス上の最大の課題と捉えている。欧州企業は中国の景気と市場アクセスや法規制の問題を、日本企業は人件費の上昇や中国国内の競争激化への懸念がより強いように感じられる。こうした違いは本国の景気の強弱や、中国とのコストの差の違いが反映されている可能性もある。
2024年は米国も欧州も「選挙イヤー」であり、デリスキングの政策とその影響は、今後、一段と広がって行く可能性がある。企業は対応を迫られ、貿易や投資フローの変化は、引き続き関心の的であり続けるだろう。
企業は母国の国籍に関わりなく、対中国でのデリスキング政策の範囲の拡大を懸念し、外交的に安定した関係を望んでいる。この点は、筆者が3月に調査のために訪問した欧州の諸都市、特にドイツのベルリンで強く感じた点である。
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